アキ・カウリスマキの新作を観る

目次

白夜映画祭、後編です。(前編:アキ・カウリスマキに会いに白夜映画祭へ行く

映画祭スタッフによる手書きポスターが随所に
文化祭のような雰囲気

アキが現れ、運に恵まれ

アキの新作は大テントの会場で上映されました。上映前には入場待ちの長蛇の列ができていました。観客の興奮が伝わってきます。フィンランド国内でこれが初めての一般上映となるのです。興奮せずにはいられません。そして、監督のアキ本人と関係者たちが向こうからやって来るのが見えました。アキの飼い犬もいます。私がいるあたりにアキがやってきた時、アキに話しかけました。

「あなたの新作を観るために日本からやってきました。」

アキは、「この映画はくそだけど、この映画祭には来た価値がある。I’m always honest.(私はいつも正直だ。)」

と、真顔で言いました。いつものアキ節です。それからしばらくして、挨拶のために大テントの中に入っていきました。中からは観客の熱狂と大きな拍手が聞こえます。チケットを持っていなかった私とベルリナーは、アキの新作をどうにかして観るべく、テントの外で色々と粘りました。

映画を観るための行列

そしてその後。

紆余曲折の末、私とベルリナーは運に恵まれ、奇跡的に大テントに入り、映画を鑑賞することができました。私一人では途中で諦めていたかもしれませんが、ベルリナー、そして周りの人の優しさに助けられました。キートス(ありがとう)。

アキ・カウリスマキの新作『Fallen Leaves』を観る

すでに出回っている内容以上のことはここには書きませんが、文字通り観客の熱気が充満した大テントでは、いくつかのシーンで皆が声を出して笑っていました。日本では映画は静かに観るのがマナーですが、フィンランドでは映画の鑑賞の仕方もとても自然です。あちこちから聞こえてくる缶ビールを開ける「プシュッ」という音からも、観客の幸福感が感じられるようでした。

この大人の恋の物語は、アキの1986年の映画『パラダイスの夕暮れ』(Shadows in Paradise) の二人の男女を彷彿とさせます。

『パラダイスの夕暮れ』、『真夜中の虹』(Ariel, 1988) 、『マッチ工場の少女』(The Match Factory Girl, 1990) の三作は、「労働者三部作」と呼ばれていますが、この労働者三部作の様式美を引き継ぎつつも、この物語では随所に現代の要素が散りばめられています。

例えばラジオからはロシアとウクライナの戦争のニュースが流れてきます。この映画は大人の恋の物語であると同時に、まさに現在進行形で起こっている戦争をちくりと批判する映画でもあります。

フィンランドはロシアと国境を接していて、今回のロシアのウクライナ侵攻をきっかけにNATOにも加盟しました。軍事的に中立でいることで平和を維持するのか、加盟というアクションを起こすのか、結果としてフィンランドは後者を選びましたが、この間フィンランド国内は大いに揺れていたと思います。

そんな不穏な戦争のニュースが流れる中でも、人々の生活は続きます。酒が手放せない男と、スーパーで働く女。偶然出会った孤独な二人はお互いに何か感じるところがあり、その後も約束をして会うようになります。男のアルコール依存により、二人の関係はスムーズには進みません。しかし、中年の二人は孤独な人生を変えようとします。人生はいつからでも変えられる、一歩を踏み出せる、と静かに励ましてくれる、そんな映画でした。今回も、犬の演技が光ります。そしてこの映画には名作映画からの引用もありますが、その辺は映画評論家が論じています。

映画はあっという間に終わり、拍手喝采の中でエンドロールとなりました。観ることを諦めかけていたこの作品を、幸運にも大テントで観ることができ、感無量です。主演の二人、Alma PöystiとJussi Vatanenも大テント内で鑑賞していて、観客の大きな拍手に対して立ち上がり、笑顔で応えていました。

アキの新作上映後の大テント周辺

アキ・カウリスマキの魅力

アキの映画では、役者が表情を変えずにぼそっと放ったセリフが我々をはっとさせます。

作品はもちろんのこと、アキ自身の人間性もまた、我々を魅了します。アキが映画でよく取り上げるのは、労働者や難民など、社会的に不安定で弱い立場の人たちです。

前作『希望のかなた』(The Other Side of Hope, 2017) にはシリア内戦から逃れてきた青年が、その前の『ル・アーヴルの靴みがき』(Le Havre, 2011) にはアフリカからの不法移民の少年が出てきます。

アキは労働者だけでなく、行き場を失った難民の存在も無視することなく映画に取り込み、映画を通じて淡々と我々の前に突き出します。この映画監督は、皮肉と冗談を飛ばす人道主義者でもあるのです。

上映後も飾らないアキ

上映後に大テントを出ると、人混みの向こうではアキや関係者の方々が飲食ブースのテーブルに集まり、歓談していました。飲食ブースには監督専用の特別な席などありません。一般の観客に混ざり、アキも椅子に座っています。まさに「監督と観客の区別なく皆平等の映画祭」を身をもって実践していました。

飲食ブース

アキと関係者の会話が途切れた頃を見計らい、一人で話しかけに行きました。関係者だらけのところに一人で飛び込んでいくのはなかなか勇気が要りますが、いざ行ってみると、関係者の方々もとても気持ちのいい人たちでした。アキの隣に座っていた関係者の一人が立ち上がり、「ここに座りなよ!」と言って席を譲ってくれました。そして「写真も撮るよ!」と申し出てくれ、アキとの写真も撮ってくれました。

それからアキに「サインを書いてもらえますか」と聞くと、「Anytime.(いつでも)」と真顔で答えてくれ、にょろにょろと自画像入りの美しいサインを書いてくれました。

くぅ〜〜!

サインを書き終わるとにっこりと笑顔になったアキ。少し会話をして、最後には「ありがとうございます」と日本語で言ってくれました。こちらこそありがとうございます。

アキに会うのは実は今回で2度目でした。2016年に初めてここフィンランドに来た際に、偶然ヘルシンキでアキに会いました。その時私は、「あなたに会えて嬉しくて死にそうだ」と言い、アキは「死んじゃダメだ」と真顔で答えてくれたのでした。今回もその時と変わらないアキの優しさに触れることができました。

大量の蚊

北極圏だからと油断していたら大量の蚊に遭遇

映画祭会場やその周辺では大量の蚊に遭遇しました。当日券の列に並んでいるときも蚊が群がって、髪や服に付きまとってきました。気温がそれほど高くない北極圏だからと油断していましたが、逆にきれいな沼地や自然が多い北極圏だからこそ、短い夏に蚊が元気に大量発生するようです。実際にこの地に来るまで、これほどの数の蚊がいるとは想像していませんでした。

映画祭で観た作品一覧

映画祭ではアキの作品以外にも、兄・ミカの作品や、フィンランドの古い作品、アイスランドの作品など、こういう機会がなければなかなか容易には観れそうにない作品にも出会えました。狙っていたのにチケットが売り切れてしまい、観れなかった作品もたくさんあります。また行く機会があれば、充分事前に計画を練りたいと思います。今回観た作品の一覧です(観た順)。

  1. Zhang Lu – The Shadowless Tower (2023, China)
  2. Carlos Saura – Walls Can Talk (2016, Spain)
  3. Maryam Touzani – The Blue Caftan (2019, France, Morocco, Belgium & Denmark)
  4. Emmanuel Mouret – Love Affair(s) (2020, France)
  5. Risto Jarva – A Time of Roses (1969, Finland)
  6. Mika Kaurismäki – Cha Cha Cha (1986, Finland)
  7. Hilmar Oddsson – Driving Mum (2022, Iceland & Estonia)
  8. Aki Kaurismäki – Fallen Leaves (2023, Finland)
  9. Mika Kaurismäki – Yötyö (1988, Finland)
  10. Mika Kaurismäki – THE GRUMP: IN SEARCH OF AN ESCORT (2022, Finland & Germany)
  11. David Wagner – Eismayer (2022, Austria)

肌感覚では、観客の95%くらいがフィンランドの方で、あと残りの5%を海外(フランス、ドイツ、スウェーデン、アメリカ等)が占めていそうでした。作品によっては英語字幕がなく、フィンランド語とスウェーデン語の字幕だけの上映回もありました。

会場のひとつ、映画館にて
観客で賑わう小さな映画館
こちらは小テント会場

アキに会えたおかげで、この先10年くらい良い事がなくてもどうにか生きていけそうです。キートス(ありがとう)。

以上、ソダンキュラ映画祭からさいとうよしみがお伝えいたしました。旅はまだ続きます…

参考資料

https://msfilmfestival.fi/en/

https://www.festival-cannes.com/en/f/kuolleet-lehdet/

https://www.imdb.com/name/nm0442454/

https://www.the-match-factory.com/catalogue/libraries/library-aki-kaurismaeki.html